ホントのデブでした

これまでの太っていた旦那は「健康」に関しては全く無知であり、身体にいいことは何もやってなかったのである。そのため、いざ痩せねばならぬと分かった時も自分でもそれを行なう姿を想像することだに出来なかった。

その結果として若い頃から、際限なくブクブクと太ってしまった。

最も痩せていたのが、アルバイトしていた大学1年時で168センチ、63キロだった。それが三十数年後に87キロになっていた。もちろん自覚はあった。この間、当然周囲からは「太ってますね」とか「いい体格ですね」などチクリチクリと厳しい言葉を投げかけられ、やがて周囲も諦めたのか、女性からは「ポッチャリしていて可愛い」などとカラかわれるようになった。

いつの間にかそれが習い性となり、人から言われる前に自分で「デブですから」と開き直るようになったのである。

この状況に物書きという仕事が追い打ちをかけた。元々食べることが好きだったので、十数年続いた月刊誌のホテル連載を皮切りに各誌で、ホテルーサービスやレストラン批評の分野を執筆するようになった。週刊誌の連載で全国の老舗旅館や有名ホテルを回っては、有名人の顧客たちが愛した名物料理を1年半余り食べ歩いていた。

新しいホテルがオープンすれば、レストランの試食会に呼ばれ、開業パーティでワインを空けた。自分でも「美食作家」を気取っており、そうした料理評論の仕事も増えていた。

もうひとつの原因は、運動不足だった。

執筆が忙しかった旦那は、午後は編集者との連絡や打ち合わせ、電話取材などで費やし、夕方に食事をした後、執筆に入り、そのまま仕事が終わるまで徹夜で仕事をすることも少なくなかった。

その結果、夜中の12時過ぎにお腹が減り、自分で乾麺のそばをゆでて、汁そばにしたり、スパゲティを作って食べていた。

特に作家の中で尊敬していた池波正太郎が夜、食事をしてから一度寝て、夜中の一時頃に起き、自分でカツそばなどの夜食を食べて、翌朝まで仕事していたなどというエッセイを読み、自身もそれに倣って、夜に麺類を作って食べながら朝方まで仕事を続けたりした。

夜が明けて出版社に原稿を送ってから、自分で朝食を作って、食べてから昼頃まで眠るという生活も続けていた。それが作家としての仕事だとも思っていた。

こんな生活を続けていれば太るのは当然である。